大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和61年(行ツ)95号 判決

上告人

後藤喜八郎

右訴訟代理人弁護士

中村護

町田正男

関戸勉

林千春

古川史高

選定当事者被上告人

山田基春

(選定者は別紙選定者目録記載のとおり)

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人中村護、同町田正男、同関戸勉、同林千春、同古川史高の上告理由

第一点について

本件訴えを適法とした原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

同第二ないし第六点について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実関係の下においては、本件公金の支出が違法であるとして上告人に損害の賠償を命じた原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に基づき若しくは原判決を正解しないでこれを非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官香川保一の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官香川保一の反対意見は、次のとおりである。

上告人は東京都武蔵野市長の地位にある者であり、本件訴訟は、同市の住民である被上告人らが、上告人が市長として発した本件公金の支出命令が違法であると主張し、地方自治法(以下「法」という。) 二四二条の二の規定に基づき同市に代位して上告人に対し損害賠償を訴求するものであるが、かかる訴えは不適法として却下すべきものである。

すなわち、普通地方公共団体の長の賠償責任についても、法二四三条の二の規定が適用されるのであり、同条一項所定の職員の行為により普通地方公共団体が被った損害の賠償請求に関しては、住民が法二四二条の二の規定により普通地方公共団体に代位して訴訟を提起することは許されないものというべきであって、その理由は、最高裁昭和六二年(行ツ)第四〇号同六二年一〇月三〇日第二小法廷判決(裁判集民事一五二号一二一頁)における私の反対意見の中で述べたとおりである。

(裁判長裁判官藤島昭 裁判官香川保一 裁判官奥野久之 裁判官中島敏次郎)

別紙選定者目録〈省略〉

上告代理人中村護、同町田正男、同関戸勉、同林千春、同古川史高の上告理由

第一点〈省略〉

第二点 原判決は地方自治法二条二、三項等の法解釈を誤った違法があり、これが判決に影響を及ぼすこと明らかである。

個人の刑事事件においても地方自治体にとってその行政に関わる特定の主張立証をなす必要と利益を有するときはこれは地方自治法二条二、三項に定める行政事務に該当すると解すべきであり、これに対する公金の支出は右の事務処理費用として適法というべきである。

しかし、原判決は、「①本件事件自体は上告人個人を被告人とする刑事事件であり、上告人が行った本件措置の刑事責任の有無を確定するための手続であって、本件措置が行政の執行行為であるにせよ、これを主導した上告人自身の所為が起訴されたのであること、②本件起訴は上告人が行政指導の過程で給水留保ないし拒否という強硬手段を発動したことの重大性に基づくものであり、もとより本件要綱全体が指弾されたわけではないこと、③本件事件における弁護士の弁護活動は結局上告人に対して有利な判決を得させるためものであるから、伊達弁護士外が本件要綱ないしこれに基づく行政の正当性を主張・立証したとしても、それは畢竟上告人の刑事責任を弁護するものに過ぎないこと(①②③一審判決二〇、二一丁、二審判決一三丁)、④本件事件において弁護人らは、上告人の所為につき水道法一五条一項の「正当の理由」があること、違法性が阻却されること等を主張し、その根拠として本件要綱及びこれに基づく行政の正当性を論じたこと、第一審、第二審とも、これらの点に詳細な判断を加えた上、結局弁護人らの主張を排斥して上告人に有罪判決をしたことが認められ、この経過からみても、右刑事事件での弁護士の活動が地方公共団体としての事務の処理に当たるとはいえないと解するのが相当であること、⑤本件事件は、武蔵野市自体が被告人となっているのではないし、前記民事訴訟は刑事事件である本件事件と対象が異なるのであるから本件事件における弁護士の活動が同市の事務の処理となるものとはいえない(④⑤一審判決二一、二二丁、二審判決一三、四丁)」等判断し、「本件事件があくまで上告人個人の罪責を問う刑事裁判である以上参加制度のある民事裁判と異なり、市がその利害関係に基づき上告人の弁護活動をすることは許されず、本件事件における弁護は被告人たる上告人の弁護でしかありえず、本件公金の支出が右弁護活動そのものに対する手数料であること明らかであるから、地方自治法二条二、三項の事務処理費用に該らない」旨判断するがこれらは法令の解釈を誤り、右違法が判決に影響を及ぼすこと明らかである。

原判決は、一般的に個人の刑事事件において市の利害関係に基づく主張立証活動をなすことが許されないかの如く判断しているが、右の必要と利害のあるときは市の事務としてこれをなすことが許されること当然というべきである。

また、原判決は、本件刑事事件が市長としての行政行為の性格を有し、刑事裁判の審理の対象が行政行為の正当性を決し、その結果が市の行政行為に影響を及ぼすこと等の実質判断をせず、単純形式的に本件事件は刑事事件であるからとの誤った判断に陥入るものであり、ひいては法令の解釈を誤るものである。

本件刑事事件においては、(イ)本件要綱の規定が合理性必要性適合性を有するか、(ロ)本件要綱に従わないことを理由に給水保留措置をとることが許されるか、(ハ)上告人がとった本件給水保留措置に正当な理由があるかの点が審理の対象となった。右事項のうち(イ)(ロ)は本件指導要綱とそれに基づく行政行為の正当性に関するものであり、これらが刑事裁判において否定されると本件要綱は遂行不可能となり、過去の行政指導も遡って問題となるところである。そこで武蔵野市は右の正当性を主張し擁護する必要と利益を慮り、右の業務を伊達外の弁護士に依頼したものである。

右刑事事件において本件要綱の正当性を主張立証する業務は地方自治法二条二、三項の行政業務そのものにほかならずこれをなすことが許されることもちろんというべきである。

伊達外弁護士は右の依頼の趣旨に基づき本件刑事事件一、二審を通じ本件指導要綱と要綱行政の正当性を主張する事務を履行し、これが成功して控訴審判決においては本件要綱とこれに基づく行政指導の合理性、必要性、有用性等が認められたものである。これらの事実は乙各号証(特に乙九四、九六、九七各号証)により明らかに認められるところである。

また、前記(ハ)の点は市長個人の裁量にかかるものであり、この点で個人弁護の余地のあるところから上告人個人は伊達外の弁護士に対し刑事弁護依頼とその費用に関する契約をしているものである。

(乙第八、九、一〇各号証)

従って、本件公金支出は市の事務処理費用として適法である。

右の主張の詳細につき上告人の第一、二審の主張立証をすべて援用する。

第三点 原判決には理由に齟齬がある。

(一) 即ち、原判決は、「本件措置が武蔵野市長として本件要綱に従い同市の執行として行ったものであること、同市は本件事件で本件要綱及び要綱行政の正当性を主張する必要を認め市議会もこれを了承していたこと、本件事件で上告人が有罪とされれば本件要綱は事実上その実効性を期し難しくなり、本件要綱に基づく行政に多大な影響を及ぼすこと、従って、本件事件で上告人の弁護活動を通じ本件措置の適法性を主張立証することは他方では本件要綱に基づく行政の正当性を訴えることになる」旨認定している(一審判決二〇丁)のであるから、右認定によれば本件事件での弁護士の活動につき武蔵野市としての事務処理と認むべきであるのに本件事件自体は上告人個人を被告人とする刑事事件であり上告人が行った本件措置の刑事責任の有無を確定するための手続である旨認定したのは違法である。

(二) また、原判決は、「成立に争いのない乙第九四、九六、九七号証によれば、本件事件において弁護人らは、上告人の所為につき水道法一五条一項の「正当の理由」があること、違法性が阻却されること等を主張し、その根拠として本件要綱及びこれに基づく行政の正当性を論じたこと、第一審(昭和五九年二月二四日宣告)、第二審(同六〇年九月二〇日宣告)とも、これらの点に詳細な判断を加えた上、結局弁護人らの主張を排斥して上告人に有罪判決をしたことが認められ、この経過からみても、右刑事事件での弁護士の活動が地方公共団体としての事務の処理に当るとはいえない」旨判断するが(控訴審判決一三丁)、右の経過特に乙第九四、九六、九七号証によれば弁護人らは本件要綱及びこれに基づく行政の正当性を論じ、これが第二審の判決において充分理解されたのであるから、これは上告人個人に対する弁護活動の領域ではなく武蔵野市の依頼に基づく同市の必要と利益に適う行政事務そのものと認定すべきところ、これを認定しなかった違法がある。

(三) また、原判決は、「ただ、本件事件において、間接にでも本件要綱及びこれに基づく行政の合理性等を否定する判断がなされた場合には、武蔵野市の本件要綱に基づく行政に直接影響を及ぼすであろうことは前記(引用説示)のとおりであるから、市が右行政方針を維持しようとすれば、本件事件につき有利な判断がなされることを希求し、そのために出来うる限りの努力をするのは当然といえる」と述べているのであるから弁護人の活動につき市の行政事務と認むべきであるのに、「本件事件があくまで上告人個人の罪責を問う刑事裁判である以上、本件事件における弁護は、所詮、被告人たる上告人の弁護でしかあり得ないというべきである」旨認定したことは違法である。

第四点 原判決は、地方自治法二三二条の二の解釈を誤った違法があり、これが判決に影響を及ぼすこと明らかである。

個人の刑事事件のおいても地方自治体がその行政に関わる主張をなす必要と公益性を有するときは、この業務に対し地方自治法二三二条の二に基づく補助金を支出することは適法と解すべきである。

しかし、原判決は、上告人の本件公金の支出は地方自治法二三二条の二に基づく上告人に対する補助金の支出に該当するとの主張に対し、「本件公金が地方自治法施行規則一五条二項に定められた節として区分せられた補助金として支出されたものでないこと、これを実質的な補助金としての支出とみても前示説示のところから考えてその支出は違法というほかない」旨認定するが、これは(第一審判決二二、二三丁、第二審判決一四、五丁)法令解釈の誤りであり、判決に影響を及ぼすこと明らかであり、原判決を破棄すべきである。

前述のとおり武蔵野市が本件刑事事件において本件指導要綱とその行政行為につきその正当性を主張し、擁護する必要がありその公益性も有しているものであり、右の業務に補助金として支出することは適法である。補助金として支出手続がとられていないことは補助金としての性質を有しその根拠があるのであるからその交付が違法となるものではないこと明らかである。

第五点 右第四点は理由齟齬にも該当する。

即ち、前段において武蔵野市が本件事件において指導要綱と要綱行政の正当性等を主張する必要性有用性がある旨認定し、弁護士らもその業務を遂行したものであるから、本件公金の支出は地方自治法二三二条の二の補助金としての根拠を有すると認定すべきであるのにこれを誤って認定した違法がある。

第六点〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例